銘を入れる
日本刀の刀身の、柄の部分には刀匠の銘が入る。硬い刀身に、タガネを使って銘を入れる。砂鉄から作った鉄の塊に、命を吹き込んだ鍛冶職人の、証というか、仕上げの仕事というか。なかなか深いものがあるよなぁ、と常々思っていた。日本刀は砥師や鞘などを作る職人たちの分業によって完成するわけだが、刀身には命を吹き込んだ刀匠が銘を入れるのである。
ステレオ写真だって撮影者が命を吹き込み、ラボの職人が現像し、マウント師が仕上げをするという分業になる。まあ、現像以外は一人の仕事になるのかもしれないけど、完成した作品には銘を入れたい。そんな思いがあって、僕はマウントには自作したスタンプを押している。スタンプではなく、手紙に蝋でシールするときのイニシャルとか、落款を押すのもいいかもしれない。あるいは直筆のサインか。作品の題名とか、撮影年月日、ちょっとしたコメントなんかを入れるのもいい。
ペーパーマウントに記入するとき、僕は鉛筆を使っていた。シルクスクリーンの版画なんかに入れられたサインも鉛筆だから、これをイメージしたのもあるけど、ペンだとインクが滲むことがあるからだ。今はマウントの紙質を選んで自作するから、インクが滲まない紙を選ぶことができるようになった。こうなると、万年筆で銘を入れたくなってくるのである。
カメラと万年筆。男の趣味の王道の一角を占めるこれらのアイテム。ステレオ写真にして両者が交わるという事になった。万年筆というのも深い深い沼である。踏み入れるとなかなか抜け出せぬ楽しみが待っている。文章を書くには太字がよいのだろうが、マウントに銘を入れるのならばどんなペン先が合うのだろう。インクは何がよいだろう。あれこれ考えながら、手持ちの万年筆で銘を入れる練習をする。なかなかイメージ通りの文字にならないのだが。
インクの濃淡が美しいセピアのインクなどないだろうかと探しながら、密かに美しい文字の練習をしているのである。
投稿者 J_Sekiguchi : 2011年01月06日 10:00
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